ソ連の乗り物2018 ロシアに残るソビエト製のクルマ・鉄道・飛行機・船

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生まれた時には祖国が滅んでいた平成生まれの皆さん!ソビエト製の乗り物に揺られることを諦めてはいませんか?でも今ならまだ間に合います。あなたもソ連市民が組み立てたジェット機で空を裂き、連絡船で海を越え、とぼけた顔の電車やバスで居眠りだってできるのです!

1. 鉄道:チェプラエレクトリーチカ

エレクトリーチカ ЭР2К-930 チェプラエレクトリーチカ

混迷を極めた90年代の鬱憤を晴らすように、新生ロシア鉄道は大量の客車や電気機関車を発注しました。よってシベリア鉄道などの長距離便では、残念ながらソ連製のみで組成された列車は殆ど見かけません。ソ連全土に人民の足を提供すべく、万単位で量産されたエレクトリーチカ(近郊電車)も例外ではなく、コルゲートを巻いた古風な外観とは裏腹に、その大半は既にロシア製なのです。しかしながら、ロシア第二の都市サンクトペテルブルクには、確実にソビエト生まれのエレクトリーチカに乗車できる機会があります。

エレクトリーチカ ЭТ2МЛ-077
例えばこの電車は恐るべきことに2005年製

ロシア人は週末になると、灰色の団地を出て美しき郊外へと繰り出すものです。そんな彼らのダーチャ行きを支えるのがチェプラエレクトリーチカ。帝都ペテルブルクの中心駅から、フィンランド湾沿岸の別荘地まで一直線。非電化路線に電車が乗り入れ、直通需要に応えます。いわばペテルのホリデー快速!

チェプラエレクトリーチカ Теплоэлектричка М62-1631 ЭР2К-930
ソヴェツキー駅を発つチェプラエレクトリーチカ

Теплоэлектричка(チェプラエレクトリーチカ)とは、ロシアの鉄道マニアが生み出したТепловоз(ディーゼル機関車)とЭлектричка(電車)の合成語。そして何より重要なのは、この行楽列車には特定の編成が充当されることです。機関車が電車を牽引する特異な運用のため、ペアは決まって70年代製のЭР2型電車とМ62形機関車。特に前者、71年式のリガ製ЭР2К-930は、流麗さと無骨さが同居する初期型のエレクトリーチカで、残存数からして中々狙って乗れるものではありません。ですから、もしあなたのご家族が沿線にダーチャを持っていなかったとしても、休日をチェプラエレクトリーチカに費やす価値は間違いなくあると言えます。


チェプラエレクトリーチカ Теплоэлектричка ЭР2К-930
現在はロシア鉄道標準色に塗り替えられた

肝心のダイヤについて。チェプラエレクトリーチカの運転日は春から秋の土休日。下りの6787列車はフィンリャンツキー駅を9時43分に出て、カレリア地峡南部のソヴェツキー駅に13時32分着。折り返し上り6792列車は16時43分発、サンクトペテルブルクに20時41分の到着です。ダイヤはここ数年不変ですが、ロシアで最も使いやすい時刻検索サイトPoezdatoで最新情報をご確認ください。

2. 船:タタール海峡の鉄道連絡船

ワニノ・ホルムスク鉄道連絡船 サハリン Сахалин-10

今度は日本の目と鼻の先のお話。サハリンと大陸を隔てる間宮海峡では、1973年から鉄道連絡船が運航されており、2隻のソビエト製フェリーが現役です。ただ既に後継船が起工済みですので、乗船はお早めに[1]。

ワニノ ホルムスク 船 サハリン Сахалин-8
日付が回るまで乗船できなかったサハリン8

このホルムスク・ワニノ航路には、70年代から約20年にわたり10隻のサハリン型フェリー(プロジェクト1809)が投入された。ソ連当局は、極東向けの連絡船をカリーニングラード(旧東プロイセン)のヤンターリ造船所に担当させるという決定を下し、彼女たちの回航はバルチック艦隊さながらの大航海となった。現在はСахалин-8以降の3隻が運用中だが、90年代に完成したСахалин-10に旅客設備は無い。なお、建造中の新型船は、極東の工業都市コムソモリスク・ナ・アムーレのアムール造船所が受注したから、幸か不幸か大航海は再現されない。

ロシア サハリン 船
開けると二度と閉められない朽ちた船窓

ちなみに、鉄道連絡船ではあるが、列車との接続は全く考慮されていない。私が乗船した時は入港が遅れ、1日1本の列車を逃しワニノで21時間の待機を強いられた。ホルムスク側に至っては長距離列車自体が存在しない。あくまで航路の主役は貨物で、車両甲板に押し込められるのは客車ではなく貨車なのだ。

ワニノ・ホルムスク鉄道連絡船 食堂 レストラン
船賃に含まれている食事に朝昼晩の区別はない

運航スケジュールは荷役が決めるものであり、2~3日前になってようやくSASCO社のHPで明らかになる。旅客は振り回されるだけだ。私の場合は、23時集合2時出港でした。当然オンライン予約も不可。チケット売り場と待合所は、ホルムスクはレーニン広場の前で、ワニノは駅構内です。

Проект 1809 Сахалин-8
手書きの避難経路図

こう書き立てると不満だらけのようだが、これほど強く印象に残った船旅はありません。古き良きソ連を感じさせる設備や、閉鎖空間ならではの乗客らとの交流は、いま思い出してみると愛おしいもの。また乗ってみたい。

3. 飛行機:退役迫るロシア最後のツポレフ

アルロサ航空 Tu-154 RA-85684 Авиакомпания АЛРОСА Ту-154

ソ連機で飛びたいなら北朝鮮へ行けばいい?でも社会主義国は危険がいっぱいです。せっかく旅するなら、安全で自由で瀟洒な国を選びますよね?うなずく皆様にはロシアがぴったりだ。誤解されがちだが、ロシアでも自由旅行は可能なのです。旅行者を縛るバウチャー制度は形骸化しており、高台から港を撮っていたら署まで招待された際も、警官は空バウチャーを一切問題にはしなかった。拘束も乗り切れるTravelRussia.suに感謝したい。ちなみに.suはソ連に割り当てられたドメインで、言うまでもなくSoviet Unionから取られた二文字だ。

アルロサ航空 Tu-134 RA-65693 Авиакомпания АЛРОСА Ту-134
このRA-65693は機齢38年のТу-134Б-3

話が逸れたが、ロシアから共産主義時代の翼が消えようとしている。グローバルスタンダードに追いつこうと必死にもがくアエロフロートが、恥ずかしげもなくエアバスやボーイングを買い集める傍らで、地方の航空会社はソ連機を愛用していた。サハ共和国を拠点とするアルロサ航空も、そうしたエアラインのひとつであるが、ツポレフの終焉は近いと現地メディアが報じ始めている[2]。

ロシア ミールヌイ ダイヤモンド 穴
ミールヌイの採掘坑はダイヤ生産企業アルロサの象徴

尾翼のダイヤモンドが眩しいアルロサ航空は、赤いジェット機の代名詞だったツポレフを定期運用するロシア最後の事業者です。特にRA-65693は、1980年にハリコフで生産されたツポレフ134で、定期便として現役であるのは奇跡としか言い様がない骨董品。軍用機じみた精悍なノーズと、ソ連機特有の逞しい脚を有するTu-134の初飛行は、半世紀以上前の出来事だ。

Tu-134 ツポレフ トイレ Туполев Туалет
Ту-134のトイレでは空から天を仰ぐことができる

アルロサは他にも、大ヒット三発機Tu-154も飛ばしている。ソ連が亡くなる前年に生産されたRA-85684は、神がかり的な不時着を成功させたことで有名な機体。しかし、そんな輝かしい経歴も、高騰する維持費には敵わず、アルロサは近い将来ツポレフを引退させる方針だ。Tu-154に関しては、2機目の新塗装機が登場[3]するなど明るい話題もみられるが、もはやTu-134は部品調達すらままならないという[4]。

アルロサ ツポレフ RA-85684
不時着を耐えたRA-85684の武骨な主脚

ツポレフの乗り方を紹介したい。就航地は時刻表に任せるとして、Eチケットの買い方について。まずショッキングなことに、アルロサ航空の公式サイトには英語版が存在しない。だがこれは序の口で、以前なら例え購入画面まで進めたとしても、個人情報の入力時に躓いてしまっただろう。なぜならID欄で海外のパスポートを選択できなかったのだ。今でこそ国籍欄が登場しているが、当時の私はロシア国民であると身分を偽り発券した。

アルロサ航空 パイロット АЛРОСА Пилот Ту-154
ソ連機に乗るのは怖い?彼らベテラン操縦士を見ても?

このエピソードには続きがある。すぐさまサポートに日本国籍を登録できなかった旨を申告すると、返信は5分で届いた。なぜか2枚の航空券のうち、1枚だけが訂正されていた。両方登録し直してほしいと懇願したものの、アルロサ側は問題ないと一点張り。結局そのままミールヌイのソ連式ターミナルに赴くことになった。私の心配をよそに、ロシア籍のチケットは淡々と薄暗いカウンターでプリントされたから、ロシア人の柔軟な対応には助けられてばかりだ。また話が脱線してしまった。言語の壁さえ乗り越えれば、発券に困難は生じないと思われる。

番外編. 車:アルメニアのローカルバス

アルメニア バス ソ連 ПАЗ-672 Армения

エレクトリーチカと同様に、ソ連製のバスを見つけることは難しい。一例を挙げると、ロシア全域を駆け回る愛らしい丸目のミニバスは、前時代的なスタイルに反して大半が今世紀に入ってからの製品だ。他方で、ロシアの外へ目を向けると状況は異なる。独立を謳歌する旧ソ連諸国では、正真正銘のソビエト車が踏ん張っている。

アルメニア ギュムリ バス ПАЗ-672
83年式だとギュムリの運転士が教えてくれた

カフカスのキリスト教国アルメニアは、1967年に登場したПАЗ-672の最後の楽園だ。このミニバスは、堅実な設計と高い整備性が評価され、後継のПАЗ-3205が現れる89年まで約30万台も量産された[5]。パヴロフ・バス工場(ПАЗ)がロシアを代表するバスメーカーへと成長できたのは、ひとえにПАЗ-672のおかげと言える。厳しい懐事情のアルメニアといえども、首都エレバンにおいては、中国の援助によって金龍客車製の真新しいバスが幅を利かせているが、第二の都市ギュムリなど地方部では、もうしばらくソビエト生まれの活躍が続くだろう。

ロシア モルドバ バス ПАЗ-32051 パヴロフ・バス工場
ロシアで見ない日は無い丸目のミニバスことПАЗ-3205

旅に出る動機は何だっていいのです。探したい自分が居ないなら、ソ連に乗りに共産圏へ飛び込もう。
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撮影: 鉄道編は2017年7月、船編は同年9月、飛行機編は18年2月、バス編は17年8月と同年末。
修正: ЭР2К-930とТу-154の塗装変更を追記(2018年6月9日)
参考文献:
[1] Сахалин.Инфо : В Комсомольске-на-Амуре началось строительство паромов для Сахалина, 2017年6月30日
[2] Rambler News Service : Авиакомпания «Алроса» заменит устаревшие Ту-134Б и Ту-154М самолетами Boeing 737-700, 2018年4月2日
[3] RA-85757 засиял новыми красками, UNWW Spotters
[4] Авиатранспортное обозрение | Деловой авиационный портал : В авиакомпании "Алроса" назвали сроки вывода из эксплуатации Ту-134, 2017年11月17日
[5] Обзор популярного советского автобуса ПАЗ 672, Promplace.ru
常用参考サイト: 現地同志による頼りがいあるフォーラム群
Железнодорожная фотогалерея — TrainPix
Городской электротранспорт — База данных / Фотогалерея - СТТС
Автобусный транспорт — База данных / Фотогалерея — Фотобус
БусФото — База данных / Фотогалерея — BusPhoto
Фотогалерея речных и морских судов, база данных — Водный транспорт
Авиафото — База данных / Фотогалерея — АФ

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